NI.Aの雑記

2024年11月20日の投稿2件]

右翼左翼の話

 ネトウヨは若いころに罹患しておくべき麻疹みたいなことを言われるが、まあ、頭の悪い話である。そもそもがネトウヨというワード自体が中身のない気に入らない相手に雑に貼り付ける思考停止レッテルワードでしかなく、中身が右翼思想を指すにしても、これを言っている人間が単に若いころに右翼思想強めな場所に居たという経験論でしかない。
 そういう言葉を思慮なく発する人間の言葉について考えるのは無駄でしかないが、個人的に思うところでは、右の思想も左の思想も通って中庸に自分の立ち位置に応じた政治的姿勢を持ち、他者もそうであるから利害のすり合わせをする必要があるのだという考えに至るのが健常な政治的考え方だと思う。右翼思想に偏るのが中二病であるなら、その後に反動で左翼に行って冷笑主義になるのは高二病なのだ。そして、初めに左翼思想に罹患したなら、それは逆になる。
 高齢になってから思想にかぶれるのは、そこまでそういう思想を持たずに生きてこられた人々なのだろうし、言ってしまえば「初心者」なのだから生暖かい目で見ればいいと思う。親がこういう思想にかぶれたから嫌というのは、そういう話に巻き込まれることへの同情はするが、自分自身の思想の在り方を相対的に見る機会にしたらどうかと思うようなことも多い。真っ当な見識の持ち主であれば、ある思想に傾倒しても疑問点を持ち始めるものだし、そうやってやがて中庸へと至るものだと思う。

 今は中二病という言葉しかほとんど生きていないが、かつては高二病という知識人ぶりをする冷笑主義へのレッテルがあり、そして、大二病という「やっぱり中二病的なものもいいよね」という中庸へのリバランスをする考え方があったのだ。その中でも他人を冷笑できる中二病という言葉だけが使われ続け、実際、思想としてもネットにあるのは中二病とそれを冷笑するだけの高二病的なものばかりになってしまっていると思う。『大二病』的なところに至って視野が広がった人は政治的な話をしないか、リアルでの活動に移っていったのだろうと思う。ネットに残っているのはマウント合戦と罵り合い、自分が正しいと言い続けることしかない児戯ばかりじゃないだろうか。

 思想に偏ったまま党派性のぬるま湯の中に居場所や自己肯定感を見出してそういう児戯にふける人もいて、そういう人は救えないのだと思う。右だろうが左だろうが、市井の人間が自分の生活の座を離れた思想を持つことに意味はないと思う。単なる趣味の領域だ。なのに、その思想そのものではなく思想につながる価値に縛られた党派性で人生を括ってしまう人は不幸に見える。
 そして、インターネットには右にも左にも、あらゆる思想を開陳する人々にそんな不幸な人々ばかりがいるように感じる。かつては知を集約する場所としての姿も望まれたインターネットだが、今のインターネットにそういう理想を見ることはできなくなった。ネットはリアルの底に流れる地獄を覗く場所になってしまった。畳む

政治の話

 このところ日米の選挙に兵庫県知事選挙とあって、SNSでは毎度のように眉を顰める意見が飛び交っているわけだが、最近は「リベラルの敗北」というワードが存在感を増している気がする。
 そもそもからして、リベラル自称する類の人々には自分たちの思想と理想しかなく、その信条や政治的意見を自分たちとは異なる意見を持つ人間を見下し馬鹿にすることで精神的勝利を収めるための方法論としてしか用いないから嫌われているのだと思っているので、リベラルの敗北なんて今更すぎる話だと思う。
 そういう「知的怠惰」が蔓延っているのは特にSNS上や白亜の塔であるように思う。そして、それがなぜ蔓延るかと言えば、それらがすべて実際に生きている人々や地に足を付けて生活している人々を見ずにコタツに入って仕立てたかカウチに座って夢想した内容でしかないからだと思う。地に足の着いた意見ではないものを、「正しい」「倫理的である」などとして押し付けてきたら、それを自分たちの生活の為に生きている人々が受け入れるはずがない。

 リベラル思想のうち、民衆に受け入れられやすいような部分はすでに社会に膾炙されており、残されているのは人々にとって受け入れがたい、あるいは自分たちの生活と相容れない部分か、興味もなく生活にも関わらないのに押し付けられているものになってきているのではないだろうか。なのに、リベラル側の人々は普通に生きる人々が何をどう考え、思い、どういう価値観を持っているかを軽視しつづけ、自分たちのみが啓蒙するべき思想の持ち主であると驕ってきた結果が今の有様だろう。

 自分たちの思想や立地点を離れ、社会の実情を見て自己批判をするしかリベラルという立場が復権する道はないと思うが、驕り高ぶり自分たちこそが賢く正しいという思想にまで至ってしまった今の左翼リベラル知識人やそれにかぶれた知識人気取りたちに、そのようなことができるとは、私には思えない。畳む

日記